春日婆:「おほ。よーやっと来よった」
春日婆は日傘をさし、女子高の正門前のバス停でベンチに腰掛けている。この正門前の道路は下校時間ともなると大渋滞に見舞われる。渋滞の主たる原因は女子高生の色香に惑わされ、精神状態を平静に保てなくなったドライバーの脇見運転による追突、自爆など。今も自爆し本懐を遂げた?事故車がレッカーされてゆくところなのだった。春日婆の担当は恭介の教習車を無事通過させること。
春日婆:「恭介や。失敗をしても良い。自分のチカラで掴みなさい。それが大切じゃ。みんな、勘弁しておくれよ…」
涼しい顔で彼女はバスに乗り込む。そう、彼女が待っていたのは恭介の教習車ではなくバス。最初から手助けするつもりは毛頭なかったのだ。そして、手助けをしない、だけではなかった。
まなみ:「じゃぁ、くるみから連絡があったって事ですか?」
小松:「そうだよ。踏切のところで待ち合わせようってさ」
八田:「そーそー。昨日の晩ね」
まなみ:「昨日の晩ー?!」
さらに、ここでも死者にむち打つトラップが炸裂していた。『くるみや、朝御飯抜きではパワーが出んじゃろうて。お腹が空いたら、これでお腹を満たしなさい』と満面の微笑みで渡された春日婆謹製のおにぎり。
くるみ:「ぅ………これも、……これも、…これもぉ?…」
あかね:「じゃあもう1度、段取りを確認するよ。くるみはエンストこかないように、エンジンふかして半クラッチを繋げてやる。アタシは恭介が気付かないように、くるみの波動に干渉してパワーを使った気配を消す。いいね?。わかったら、ほら、さっさと食べてパワーを補充しろ」
くるみ:「…食べらんない…」
あかね:「な、何ぃ〜!?」
くるみ:「だってだってぇ〜。蜂の子にぎりでしょ、イナゴの佃煮にぎりでしょ、冬虫夏草とか入ってんだよぉ?!。んもーアタシの大っキライな昆虫ばっかりなんだもん!。こんなん、食べられないもん!。はぁ〜」
あかね:「げぇぇ…マジ?。なんでそんなもん具に使ったんだろ、ばーちゃんは…」
くるみはすっかり意気消沈してしまった。寝坊し朝食抜きでパワーを使わされ、ミスターフライドチキンを食べ損ね、かろうじて希望を繋ぎ留めていたおにぎりが、おにぎりが、おにぎりぐわぁぁぁ〜!だったのだからして。あかねにしても慰めようがない。困った…。そして、事態とはこの時を見計らったように急展開しちゃったりするから、もはや勘弁ならんのだ。
あかね:「え?。きた?。嘘?。ウソウソウソー!?」
無防備なわき腹を不意に突かれた感覚。春日婆からの連絡が無かった上に、あかねの想像を越え、恭介の運転する教習車はスムーズに走行していた。くるみの口に昆虫にぎり3種を押し込んでパワーを補充させる、カズヤとまなみを呼び寄せてパワーを貸してもらう時間の余裕は無い。ぴ〜んち!。
あかね:「こ、こーなりゃ、最終兵器投入よ。どこからでもかかってらっしゃい!」
窮地に追い込まれたとき、人間は底力を発揮するモノである。それは超能力者も同じ。拳をくっと握り、不敵な笑みを浮かべる春日あかねは今、まさに魔女のオーラを放出していた。おにぎりの具に絶望し、このままでは全く戦力にならない春日くるみの頭頂部に視線を落とす。ふふふ。あかねの心の中でメラ〜リと揺れる焔がひとつ。
…エンストした瞬間にコイツを教習車の直前にテレポートさせて『人が飛び出した。その、緊急回避をしたためエンストした』って事にすりゃぁいーのよ!。まどかちゃんのタメ…くるみ、勘弁しろ。
最終兵器投入…ってば人情紙風船な飛び道具だった。まどかへの愛の前では血の繋がりなど無力。果たして、あかねの機転が成功しようが失敗しようが、くるみの運命の灯が揺らいでいる事に違いはなかった。そして今、恭介の運転する教習車が急坂の途中にある一時停止線で停止する。次の瞬間…春日くるみの運命は春日あかねの裏切りに、いや、春日恭介のアクセルワークにかかっていた。
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