魔の刻の扉が開く。こんな風に…。
「な、何!」
「こっちよ。春日恭介さん」
女性の裸体がプールにあった。
水面から露わになった双丘は100センチ級Fカップかも知れなかった。で、水中の下半身、水中照明に照らされた下半身、下半身が。
おっ魚ちゃぁ〜ん?!。
「人魚!」
「すっごーい♪。あたりあたり〜。どぉ、人魚を見るのは初めて?」
「ま、まぁ…本物は…」
「これで、わたしの話を理解できるでしょう?」
「そりゃぁ…もぉ…」
「つまり、わたしはあなたの彼女をスカウトしに来たスカウトマンってわけ。だから、あなたが彼女を説得してくれるなら手間が省けて助かっちゃうの。わかった?」
「わかった…。って、そんなのダメよ!」
「よ?」
「あーーあぁぁぁ、ダメだ。ダメです。ダメダメ!」
「よく考えて。人魚になったら、素敵な事がいっぱいあるのよ」
「考えるも何も、ダメったらダメ!」
「世知辛い人間界に振り回される必要はないし、海はなんたって広いもの。自由、気ままに世界中を泳ぎ回ることが出来るわ」
「だから、ダメだってば…」
「最大のメリットは、人魚デビューした時の若さと美貌を保ったまま、ピストルで撃たれても死なない究極のボディーをゲットできるって事ね。これって人間の女にとって永遠の願いでしょ?。あなたの彼女だったらどう思うかしら?」
「あの………………」
「美人コンテストに出るくらいの女の子なら当然、興味あっていい話でしょ?。あなたの彼女だって例外じゃないと思うわ。ねぇ、彼女を説得してくれない?。あなたが『そうしろ』と言えば、彼女、承諾してくれるような気がするけど?」
赤い麦わら帽子がひらりと舞った。
「残念だけど。彼女は承諾なんかしない。僕が何と言おうと、誰がなんと言おうと彼女は人間辞めて人魚になったりしない。諦めてくれ」
「そう……思ったとおりのカップルのようね…。2次審査はパスよ。ふふ、ふふふ」
南国のなま暖かい風が吹いた。目の前には薄笑みを浮かべ自問自答をする人魚。いやぁ〜な予感たっぷりの状況なのだった。つまり、相手は水を得た海の生き物、こちらは水の中の陸の生き物。身体の自由は利かない。この先予測できる不利な状況からは、一刻も早く脱出した方が良いわ、と女の第6感が教えている。よ、よーし。人魚が自問自答に留まっている隙にプールからあがっちゃ…。
「最終審査が残ってるわ」
ぞくっ。冷たい手に足首をむんずと掴まれていた。全身を鳥肌が駆け抜ける。一瞬硬直。まさにヘビに睨まれたカエル、ゾンビに睨まれた鮎川まどか。ほぼ失神寸前の青年には、掴まれていない方の足で蹴りを入れるとか、そんな反撃をする余裕はなかった。いとも容易く落水させられ、なすすべなくプール中央へと曳航されてゆく。あぅ。
「苦しいのね?。あなたが死ねば彼女、この世界に未練がなくなるんじゃ無いかな?。それだけで、人魚になってしまう動機は十分だと思わない?」
「けほっ、た…助けて…」
「春日恭介、あなたとっても素敵よ。だから苦しませたりはしない。ひと思いに殺ってあげちゃう♪」
くわっ。人魚の口にチャーミングとはほど遠い八重歯…牙が2本見てとれた。やっぱしそーくる!?。人間なんて不味いんじゃないかなぁ〜、きまぐれ食べちゃったりするとお腹こわすかもよぉ〜。だからさ、落ち着いて、ね?。
「い、いや…やめ…あ!」
喉元に冷たい感触が吸い付いた。チクリ…。針で刺されたような痛みは鮮明なものだった。夢ならここで覚める…が痛みはさらに深くなる。だから夢の中の出来事ではない。つまり、絶体絶命!。
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