ザンッ。
跳び込んだ。幸運な事に他には誰もいない。
ここはホテルのプール。槽の底と側面にカクテル照明灯が埋め込まれ、その光線が底の至るところから吹き出している泡をキラキラと輝かせている。
バシュッ。
酔い覚ましのためではない。先刻、まどかは酔いつぶれた自分の身体を就寝用に着替えさせ、エアコンを設定、自らも毛布に潜り込んだのだった。これでよし。照明を消し、窓からの星灯りを頼りに、おやすみの呪文を人差し指に込め、隣で寝息をたてる鼻先へと。その時…胸のせつない所を引っ掻かれたのだ。
『……………ひか…ぅちゃん……』
鮎川まどか。21歳。それはどうにもならない切なさだった。彼の夢の中にはどんなアタシがいるんだろう?。これを幸せそうな寝顔だと言うのだろうか…。酔いは安らぎもろとも吹き飛んだ。
バシュッ。
疲れてしまえば、眠ることはできる…そんな方法しか思いつかない自身を責めるように泳ぐ泳法。
残り10メートル。
5メートル。
あと少し。
「ぷは。」
「こ・ん・ば・ん・わ♪」
ゴールで待っていたのは思考回路を麻痺させ、かりそめでも安眠へ誘ってくれる疲労感ではなかった。鮎川まどかはまだ眠れそうにない。もっとも、相手は春日恭介に向かって話しかけているんだけど。
|