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「その少女。かげろうのむこうで side B」

Chapter<9:そこに少女はいない>

 「ここが形而科のフロアです」

 「変わらないわね…」

 「え?」

 「あぁ、何でもないの。ここまでありがとう。あとは独りで行けるわ」

 「そうですか。じゃあ僕はこれで」

 2人は廊下を歩き始めた。全く同じ方向へ。そして、超常現象研究室と札を掲げた部屋の扉の前でやはり、同時に歩みを止めた。

 「あれ?。ここに用事ですか?」

 「そうよ。忘れちゃったのかな?」

 「へ?」

 「ボ・ク・は・キ・ミ・の・こ・と・わ・す・れ・て・な・い・よ」

 「…ぼ、ボク?」

 「キミは純情を奪った相手の名前も覚えてないんだね」

 彼女はハンドバックから黒縁の眼鏡を取り出し、うつむき加減にそれをかけた。とびきり野暮な黒縁。その眼鏡には今も、度は入っていない。彼女が顔を上げる。エッチな漫画、ボク、黒縁の眼鏡…春日恭介の中で記憶の断片が1つに繋がった。

 「あっ!」

 「あっ、じゃないの。全然気づかないんだから」

 酸欠の金魚みたいに…そう、またしても。はぐはぐと春日恭介は言葉を喉に詰まらせている。その現場に屋上でランチタイムを終えた鮎川まどかが歩いてきた。彼女は一目して、春日恭介の傍らにいる存在を認識できたようである。

 「恭介クン。彼女を紹介してくれない?」

 黒縁のダテ眼鏡をはずし、杉ひろみは微笑んだ。
 その微笑みの中に、自分の運命を呪っていた頃の少女はいない。
 その事に気づいた者も、いない─────。

 

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  研究室: 理学部形而上自然科学科超常現象研究室(りがくぶ、けいじじょう、しぜんかがくか、ちょうじょうげんしょう、けんきゅうしつ)。略して通称:形而科超常研(けいじかちょうじょうけん)、または超常研(ちょうじょうけん)、もしくは杉研究室(すぎけんきゅうしつ)と表現することがあります。研究室は理学B棟の3階フロアに所在します。

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