翌日─。
理学B棟の3階。超常現象研究室と札を掲げている一室では、今日も勤勉なる学生が1人、実験用の白衣にミニスカートという出で立ちで机に張り付いている。大学3年の夏。春日恭介と鮎川まどかの通う大学のカレンダーは夏期休暇に入ったところ。だが、夏期休暇だからといって全日数をバカンスに当て、はじけられない事情が彼らにはある。研究対象の選定のため文献を読みあさり、レポートを提出するという課題。できれば一度でいい。彼らに宿題のまったくない夏休みを謳歌させてあげたいものだが、そうもいかない運命なのである。
「…………………」
彼女は時間の使い方が上手い。それはいつ何時も時間を効率的に使わねばこなし切れないスケジュールをかかえている彼女の生き方による所以から会得した彼女のスキルなのであろう。相方の彼の予定にあわせてばかりはいられない───。今日はその日なのだった。例年通り、彼女は早々に宿題を済ませ、後陣の憂いなくバカンスを満喫できるハズ。
「精が出るね。鮎川クン」
背後から聞こえた声に鮎川まどかの椅子がくるりと回転する。そこには、白髪混じりの男性が立っていた。実験用の白衣を羽織り、長い後ろ髪を三つ編みに束ね、口元に髭をたくわえた彼は。
「あ。杉教授」
「夏休みだというのに、年頃の女性がこんな薄暗い研究室にこもってばかりではいかん。こういう日は弁当でも持って海へ山へとだな」
鮎川まどかは机の上へ置いた彼女の腕時計を見た。午前11:55。そうか、もうそんな時間。
「ランチ。ご一緒にいかがですか?。本日は教授のだぁ〜い好きなマヨシャケ・サンドを用意してございます」
「いたた。キミには敵わんな。核心領域へと一気に踏み込んでくる。私の姪といい勝負だよ」
「それは光栄です」
お昼時の駆け引きは一瞬で片が付いた。親子ほど歳の離れた2人。素直に誘えばよいものを策を弄してみるところは、もしかして共通した性格なのかも知れなかった。それ故あってか気が合う。2人はおのおのランチを手に携え、廊下を歩いてゆく。
「鮎川クンには言ってあったかな…」
「何をです?」
「いや、ほぼ決定なんだが、私の姪が転学してくる事になりそうでね」
「あ、それは初耳です」
「今日の午後に研究室へ顔を出すと思うんだよ」
「それも初耳です」
「できればキミ等に逢いたいと言っていてね」
2人はエレベータのドアの手前まで行き着いていた。鮎川まどかはエレベータの▲ボタンを押しこう続ける。大切なことを言いそびれてしまった子供を諭すような仕草をして。
「教授?」
「す、すまん…つい、言い忘れていて…わっはっは」
ああもぅ、まるで…
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