ライブ会場は客入れの時間。2人は楽屋にいた。鏡の前に座るレイジ。ステージ用の髪型と衣装はまなみの意見を採用したモノである。にしても、容姿端麗ここに極まれりといった風。感嘆の溜息が漏れるのを禁じ得ないまなみだった。ジャニスも満足そうに鏡の中のレイジを覗き込んでいる。
「レイジさん。コーヒーがはいりました。どうぞ」
「まなみちゃん」
「はい?」
「このライブが終わったら手術を受けるよ」
「!」
にっこり微笑んでレイジはコーヒーをすすった。
「い、いつ…知ったんですか…」
「キミの姿を見ていて、どうして俺のために一生懸命なんだろう?って、その理由を考えたんだ。そしてキミがライブの計画を持ち出した次の日に病院へ行き担当医を問いつめた、というわけ」
「そうでしたか…」
「黙っていてごめん。言い出せなかった…」
「わ、わたしこそ…ごめんなさい…」
「いや、キミの方が俺より遙かに苦しい思いをしたハズだよ。それがわかっていて俺には勇気がなかった。歌えなくなってしまった自分の姿を想像すると怖くてさ。でも、受けることに決めた」
「レイジさん。わたし…」
「ん?」
「今日が最後のステージだなんて信じられないんです…。悔しくてどうしようもないんです…」
「まなみちゃん。俺はこの運命に感謝してる。好きな音楽をやって、こんなでっかい会場でチケットはソールドアウト。そして、そのステージへと導いてくれたヒトに出逢うことができた」
「…………。」
「オレは、自分のために歌ってきた、と思うんだ。自分以外の人間は誰も信じちゃいなかった。でも、春日まなみというヒトに逢ったあの雨の夜から何かが変わった。キミが傘をさしかけてくれた瞬間から確かに何かが変わったんだよ」
「レイジさん…」
「身体は万全じゃない。心の何処かに『ずっと今日を夢見て歌っていたい』なんて未練が残っているかも。だから、吹っ切れたとは言えない。でも、最高のステージにしてみせる。本物のライブさ。自信あるんだ。約束するよ」
会場は暗転してオープニングSEとスモークが絡み合っている。カクテル光線が徐々に電圧を上げてゆく。いよいよだ。ステージの下手(しもて)、暗幕の陰に2人はいた。客入りは上々。ほとんどが若い女性。彼女たちはルックス目当てかもしれない。でも、ひとたびレイジの歌声を聴けば、彼のアーティストとしての感性にきっと虜にされてしまうだろう────まなみには自信があった。それを盲目的と笑うならば笑えと思った。最前列に陣取ってキャーと奇声を上げる春日くるみにはやや困惑したが。
「わたしはここにいます。苦しくなったら合図してくださいね。ジャニスさんいいですか?」
まなみは抱きかかえたジャニスに問いかける。首輪に薬袋を結わえられたジャニスが鳴く。彼女も気合いが入っているようだ。
「じゃ、行ってくる!」
「はい!」
レイジは颯爽と舞台中央のグランドピアノへ向かって歩いてゆく。まなみは曲のリスト、ライブの進行をすべて暗記していた。1曲目はイントロなしのロックバラード。最初の1音にこのライブの成功がかかっている。レイジが椅子に座る。まなみは頭がボーっとして、脚ががくがくと落ち着かなかった。もう何かに祈るほかない彼女。
「神様。どうかレイジさんをお守りください」
次の瞬間、まなみの呼吸は奪われた。レイジの声が真っ直ぐ伸び、ピアノの音と絡み合いながら、どこまでも突き抜けてゆく感覚に包まれていたのだ。大勢のオーディエンスを前にして彼の紡ぐ音は、明らかにリハーサルの時とは違う次元で鳴っていた。強烈な3本のスポットライトの軌跡が彼に重なり、それに負けない輝きでもって彼自身が発光しているように見えた。幸せそうな頬、せつなさそうな瞳、驚いたような眉毛、クールではいられない口元───オーディエンスは今、何を感じているだろう。彼のサムスィン・エルスに共鳴しているだろうか。鮎川まどかの言葉がよぎった。それは春日まなみの確信へと変わっていた。
彼は、歌うことを運命づけられたシンガー
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