春日まなみは病院にいた。彼女の表情は不安の色へと落ちている。
「病状があまり好転しないようなので再検査をしたところ…」
まなみはレイジの担当医がウソを言っているように思えた。たちの悪い冗談なのだと。
「そんな…」
「残酷ですが間違いありません。ですが、手術をすればご存命される可能性は十分に残されています」
「でも、肺を片方、切除してしまったら…」
「おそらく、彼にとって歌をあきらめなくてはならない選択になるでしょう。ですから、告知をしても受け入れてもらえるかどうか。けれど、このままでは確実に手遅れになってしまう。彼は若く病状の進行も早いのです。どうか彼を説得してくれませんか?」
「……………。」
どこをどうやって歩いたのか、まなみはレイジの部屋まではなんとか辿り着くことが出来た。彼が曲を作って鼻歌を歌っているのが聞こえる。ドアのノブがこれほど重く感じた事は初めてだった。
「や。まなみちゃん。今日もよろしく」
「こんばんは。今、お夕食つくりますからね」
「再検査の結果、どうだった?」
「あ、体力が戻れば大丈夫だそうです…」
「どうしたんだい?。元気ないみたい」
「ちょっと熱っぽくて…」
「なんだって?。調子悪いなら俺のことなんか放っておいてキミが休まなきゃダメだろ?」
「え…あ、あの…」
「ジャニス、そこ邪魔!」
「い、いえ、いいんです…あの…」
「いいから。寝ろ。寝てくれ。頼むから」
「はい…」
「家のヒトに電話してやるよ。何番?」
「だ!。ダメです!」
「え?。どうして?」
「電話かしてください。自分でします…」
夜の街。鮎川まどかがハンドルを握っている。助手席には毛布にくるまった春日まなみ。彼女は確かに発熱していた。
「ごめんなさい…まどかさん」
「いーのよ。寒くない?」
「レイジさん、ミュージシャンなんです…。アマチュアなんですけど、固定のファンのヒトもいっぱいいて…。お兄ちゃんより1歳年下なのに、誰にも頼らずにお独りで頑張っているんです…だから、大袈裟にしちゃいけないと思って…。それなのに、わたしが倒れたりして…」
「自分を責めちゃダメよ。今はゆっくり休みなさい」
「あの、このテープかけてくださいませんか?」
「レイジ君の曲?」
「はい。それを聴くと安心するんです…」
レイジの歌声が車の中に広がった。遠鳴りするエキゾーストと潮風のノイズが混ざっている。その曲が終わらないうちに、まどかが車を路側へ寄せた。
「あ…ゴメン。やだ、アタシったら…」
「……………」
だから、鮎川まどかは車を止めた。まなみにはまどかが涙目になっているのがわかった。運転に支障が出るくらい、まどかの心に響いたのだ。
「全てが荒削りよね。でも、それも含めて感動しちゃった。善し悪しを決める基準にはならないけど、シンガーには大きく分けて2種類の人種がいる、とアタシは思うの。歌わなければならないシンガー。歌わずともよいシンガー。彼の歌には歌うことを運命づけられたような、温度を感じる…」
「まどかさん。ワンマンライブってどうやったら出来ます?」
「え?」
「ちゃんとした会場にお客さんをいっぱい集めて、レイジさんにライブしてもらいたいんです。スポットライトを浴びて、思いっきり歌ってもらいたい…」
「まなみちゃん…」
「時間ないんです…レイジさん、このままだと歌えなくなっちゃう…」
鮎川邸へ春日恭介が駆けつけたのは深夜だった。まどかから事情を聞き、彼はいきさつを知った。
「まなみ…」
「せつない、寝顔ね……」
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