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「クリスタル・レイン」

Chapter<1:響きのままにソルフェージュ>

 ぼんやりとした霧。視界が鮮明になるにつれて、その白色が薄明るい天井であることがわかった。場面は病院の一室。照明の消えた部屋の内部に目視が効くのは、窓辺から街の灯りがさしこんでいるせい。窓を流れる雨水の糸が壁に投影されている。窓の外は本降りになっていた。ベッドの脇には水気をふき取られたキーボードが立てかけてある。

 「…………………。」

 「大袈裟だとは思ったんですが、こうなりました…」

 「恥ずかしいところを見られちゃったな…」

 「あ。倒れて水たまりで泳いだ、なんて誰にもいいません!」

 「ふ?。はは。楽器、キミが運んでくれたの?」

 「はい。救急車で一緒に」

 「ありがとう。夢の中で楽器が心配だった…」

 「大切なモノですものね」

 「あぁ。キミの名前、教えてくれない?」

 「まなみです。春日まなみ」

 「柔らかくて暖かい響きがする………ホッとする響きだ…」

 「そ、そうですか?」

 「うん。俺は」

 「レイジさん」

 「え?。知ってたの俺のこと?」

 「毎週、金曜の夜はあのシャッターの前でレイジさんが歌っているの聴いていたんです。人垣の中ではなくて、ちょっと離れたところから…なんですけど。今夜はいらっしゃらなかったから、お休みなんだと思って、そしたら、あの公園の前を通りかかったとき、レイジさんの歌声が聞こえたモノですから…それで」

 「なるほど…、ゴホッ」

 「軽い肺炎をおこしているそうです。しばらく自宅で安静にしてください、と担当医の方がおっしゃっていました。ご家族へ連絡を取られた方が…」

 「いや。身内はNG。勘当同然に飛び出してきたから…」

 「では、音楽仲間に…それか、彼女とか…」

 「両方NGだね。仲間と呼べる人間はいないし、彼女もいない。ボロ・アパートで独り暮らしだよ。ま、なんとかなるさ。今までも独りでなんとかしてきたんだ」

 「そ、それでしたら、しばらくの間わたしにお世話させてくださいませんか?。恩を着せようとか、ファンの人たちを差し置いてレイジさんを独り占めしようか、そういうのではなくって、差し出がましい事は重々承知なんですが、その、一人暮らしでは安静にするのもままならないと思いますし…えと、だから…お洗濯とかお掃除とかなら…」

 「ありがとう、と素直にお礼を言いたいトコなんだけど、ジャニスとキミは仲良くやれるかなぁ…。俺以外の人間が部屋にはいると本気で爪を立てるんだよ、アイツ。」

 「ジャニス…猫さんですね?」

 「ワケありのソマリ。プライドが高いくせに寂しがり屋でね、とっても猫らしいヤツさ。自分を俺の恋人だと思いこんでる」

 「メスなんですか?」

 「あぁ。もし、俺がキミを襲おうとしたら間違いなく、その前に俺がジャニスにやられるな。だから心配しなくてもいい。と言っても、説得力はない…か…」

 「そのことなんですが…わたし、信じます。レイジさんの歌好きだから…」

 「……………。」

 「あ、では明日、お迎えに来ます。それまでは大人しく寝ていてくださいね」

 「…まなみちゃん」

 「はい?」

 「いや……大人しく寝るよ」

 「では、明日」


 まなみが去った後、レイジは白くぼやけた天井へ向かい、呟いた。

 「いきがったところで実際、今の俺はなんにもできない…限界なのかもな。ジャニスと同じだ…」

 レイジはかき消すように首を振った。弱気になってはいけないと自分自身を叱るように。

 

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 レイジ: 彼の印象はオトコ版鮎川まどかを想像してもらえると近いかも知れません。名前が気に入らないヒトはテキトーな名前に置き換えて読んでください。彼のプロフィールは作中で徐々に紹介してゆきます。

 ジャニス: ソマリのメス。ワケあり。屈折した愛情表現が得意のようです。名前はジャニス・ジョップリンに由来するかも。

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