相合い傘。5月の雨路を帰る。
鮎川まどかの右肩は左足をくじいた春日恭介の身体を支える。…んしょっと。彼女の左腕は前方から2人の身体がふれあう接点まで曲げられ、その先の5指を傘の柄に絡ませている。透明なビニール傘はちょっと小さかったかも。まどかの左肩と恭介の右肩がはみ出し濡れている。でも、気にしない、寄り添い歩くふ・た・り。
「こんな事なら、もっとキッチリ落とし前つけとけばよかった」
「オトシマエ?。や、やっちゃったの?。早川ミツル…」
「そう。30万円くらいかな。足りなかったネ」
「さんじゅうまんーっ?!。まさか、入院費……」
「ちぃ〜がぁ〜い〜まぁ〜す〜。怒るよ!?」
「じょ、冗談冗談…ははは」
「アハハ……あ、あのさ」
「なに?」
「さっき痛かった…よね…ごめん…」
「ううん、いいんだ。スッキリした」
「あたしさ、恭介がボロボロになってまでなんて欲しくない。そんなプレゼントはいらない…嬉しくなんかない。そのこと…わかって、くれてたんじゃ無かったのかな…って…………」
>>僕は…彼女がこんな風に言ってくれたらと…願っていたのであり。こんな言葉を聞きたかったのであり。それと……
「オレ、さっきみたいに…思いっきり、ひっぱたいて欲しかったんだ。そしたらさ、もしも、万が一、早川ミツルの言った通りだっとしてもオレ…信じられる。まどかの事」
「恭介…」
「嬉しかったよ。バッチーンってさ、お星様がいっぱい飛んでた。見せてあげたかったなぁ。ははは」
「ぷふっ。…にしても、よくこんなフェイクを思い付いたじゃない?」
「それがね、誕生日のプレゼントはずっと前から決めてたんだ。………情けないんだけど、オレ、グラついて…今までまどかに贈ったプレゼント…あれで良かったのかなって…。それに、まどかと顔を合わせたら髪の毛の事、問い詰めちゃいそうだったから。…そんなのイヤで、とにかく、資金だけでも貯めようとバイト始めたんだ。…でも、他のプレゼントなんて急には思い付かなくってさ。…仮に、他のプレゼントを買ったからって、心のモヤモヤが晴れるワケでもない。早川ミツルの罠だってわかった時、バイト辞めても良かったんだ。でも、あかねの態度からまどかが僕のことを心配してくれてる事を知り得たのでして…んっと、だから、この際、確かめられるものなら、確かめたいと思えてきたワケで…、こーなったのです」
「あっきれたぁ〜。じゃあ、行き当たりばったりだったのね?」
「そ、そーとも言うかな?。はは」
「怪我までしちゃって。骨に異常が無ければいいけど…痛くない?」
「あ、怪我?。怪我はホラ。このとーり!」
!!
春日恭介は傘から飛び出すと鮎川まどかへ向かってアスファルトに片膝を付いた。憎らしいほど5体満足な彼は両手の親指と人差し指で作った四角をカメラのファインダーに見立て、その中に鮎川まどかを収める。
「そ、その髪型いいよぉ。オレ、好きだなぁ〜。んー、こんな感じのフレームでぇ、ハイ。チ〜〜〜〜ズ♪」
鮎川まどかはファインダーの中で傘をクルリと回し、『上等じゃん。春日恭介!』と叱りつけるような仕草で戯けてみせる。
>>5月の透き通るような雨の中。季節のタイトルをつけたアルバムに、今この瞬間のキミを収めよう。僕に向かって変身を繰り返すキミは…近づいてきて…フレームからはみ出して…僕の胸ぐらを掴ん……じゃったりするワケで?
ぐいっ。
「うわぁ、勘弁して。ごめ、ま、あわわわ」
まどかの手から傘が舞った。2人は5月の雨の中にいた。互いの体温が鮮やかだった。くちびるから発せられた火照りが互いの神経を駆けめぐって、2人は1つに溶けた。
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