5月25日。朝から雨。
鮎川まどかは自分の部屋の窓を開け放ち、この季節の雨の日の匂いを胸一杯に吸い込んだ。薫風と混ざり合った湿度が彼女の体内に浸透してゆく。そして、今朝も電話が鳴るのだった。
「………駅裏の地下鉄工事」
「そーなのよ。昨日、早川みつるの罠だって教えてやったのに。まなみから電話があってさ、今日は日雇いの工事現場に行ったって。アイツ、まどかちゃんをビックリさせる、でも資金が足りない、だから、黙ってろって、まなみやくるみに口止めして、……………」
「…ありがとう。あかねさん」
春日あかねは『誕生日おめでとう』と言わなかった。それは、彼女の心遣いなのだ。そのセリフを一等先に言わなきゃならないヤツ…なにやってんだか。まどかは1階のリビングへ降りるとピアノの前に座った。
Someday my prince will come........いつか、王子様が。
この曲のタイトルを春日恭介は未だに『とっても、変なヤツが』と記憶している。まどかがそう教え、わざと原曲を留めぬほどに調子っぱずれな演奏をしてみせたからだ。彼がまどかを『鮎川』と呼び、まどかが彼を『春日くん』と呼び合っていた頃……………ホントはこんな風に弾きたかった。
……万華鏡をそんなに喜んでくれるなんて…ぷっ…いいのいいの…なはは………
……あ、そ、それ、お代…とっといて………
……ええー?!オレが穴空けるの?…鮎川の耳たぶ…プレゼントはしたけど…いくよ?…ああ、できない………
……オ、オレは…超能力者な…あ、あゆ?…………
……違うよ…まどかの誕生日は…オレが…いや、春日恭介が…鮎川まどかが生まれてきた事に感謝する日なんだ……………………
まどかをビックリさせる。改めてそんな事してくれなくても、これまで、まどかは誕生日を迎えるたびに、彼から十分なほど驚かされてきた。
5月25日は彼女の誕生日というだけでなく、2人にとって特別な日になっていた。彼女は時に思うのだ。今日に生まれたことを感謝しなくてはと。そして、王子様が春日恭介であった事に。ま、彼は白馬にも跨っていなかったし、華もしょってなかった。おっちょこちょいで、超能力者のくせに要領が悪くて、…エッチなくらい、まどかの事に砕身で…誰よりも…
「あの…バカ」
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