『春日…恭介さんですね?』
『は、はい、そーです』
『では、まいりましょうか。うふっ。そんなに緊張しなくても大丈夫。練習どおりに。リラックスして…』
『り、リラックス、リラックス…』
『あら、震えてるの?。怖がっちゃだめ。わたしが教えてあ・げ・る♪』
『あ、え??、ややや、やめてください!。僕は、あっ』
『まぁ、シフトがこんなに元気…』
…ち、ちょっと、恭介?!。何やってんの!!
「は………ん?…」
…朝だった。飛び起きてしまうほどヒドイ夢。ブラインドの脇から朝の光が漏れている。土曜日。今日、大学は休講。目覚まし時計のアラームも休業。左肩から二の腕まで片落ちた空色のタンクトップが、目覚めの鮎川まどかに色を加えている。彼女はクシャっと癖の良い前髪を掻きあげると、その勢いのまま、ベッドへと上半身を倒す。彼女の上半身を受け止めて、ベッドと枕が彼女の体重ほどの音で応えた。
バサッ
まどかは薄手のサマー・ブランケットの下端を足指の先に引っかけて抑え、スラッとした細い手指で腰元に溜まった上端を探り当てると、くちびるが隠れる処まで引き上げる。そもそも、こんな夢をみたのはアイツのせい。いや…自分のせい、か…。ううん、やっぱりアイツのせい…。彼女は寝返りを打ってうつ伏せになると両腕で枕をかかえ込む。枕に右頬を沈ませて、最も最近、アイツが彼女の部屋にいた日、ベッドインするまでの経緯をたぐり寄せてみるのだった。
『ええー?!。自転車のロードレースに出るぅ〜?!』
『って、そんなに驚かないでよ。ちょっとした大会の一般参加。ほんの120キロ程度のコースを軽く流すだけなんだから』
約2週間前。鮎川まどかは春日恭介に『この夏の計画。その第1弾』を打ち明けてみた。発表を聞くと彼ときたら頭頂部から声が突き抜けるようなトーンでレスポンス。新鮮な驚き。けれども、「夏だもん、スポーツ万能だもん、きまぐれだもん」。超能力青年が彼なりに整合性をとれる条件は揃っていた。辞めろ、なんて夏にケチを付けるような事は言いっこなし。
『120キロも…走っちゃうワケ?』
『そ。ほら、コレ、似合うと思う?』
『うわぁ、ピッチピチ。こんなの着ちゃうんだ?。大胆〜』
『あ。なんか、エッチな想像してるな?』
『し、してないしてない。スポーティーなファッションとエッチなファッションの区別くらいつけられるってば。なははは』
『なぁ〜んだ。つまんない』
『へ?』
『あたしにテレパスのスキルがあったら覗いちゃうのにな。恭介のコ・コ・ロ』
『そ…、ぉ〜したら、鮎川まどかと一緒にレースに出て自転車に乗ってる春日恭介が見えるハズさ』
『どーだか?』
『………………』
『オンナに乗ってたりして』
『ば、バカな事言ってんじゃない!。そんなもんに乗ってるワケないだろ?。仮に乗っていたとしてもだ。オレ…あ…』
『乗っていたとしても?』
『…き、決まってるだろ?』
春日恭介。不慣れなシチュエーションにもかかわらず、鮎川まどかの腰にちゃぁ〜んと腕を回していた。引き寄せ、そして、彼女が求めている告白をする。
『…まどか、鮎川まどか、だけだよ』
---- (みちゃだめ♪) -----
そのまま、ふたりは…。鮎川まどかは、もう一度、暖かい海水に身を任せ沈んでゆくような感覚の中にいた。ムードと“無くても平気な日”が重なっていたのは、2人の運の強さかも知れない。
「…………」
ブランケットの中。アイツが今年、誕生日にプレゼントしてくれたパンティから伸びた素脚が、アイツの脚を探してしまっていた。独り寝など慣れているハズなのに…。まどかは、可愛らしい癖が付いてしまったものだ、と溜め息に近い吐息で吹く。みぃ〜んな、アイツのせい、アイツのせい、アイツのせい…アイツのせいなんだから…。眠れない子供が唱えるおまじないは羊の足し算。鮎川まどかはちょっと他人には言えないモノを数える時がある。そう。恭介がひとり、恭介がふたり、赤い麦わら帽子を被った春日恭介が………いっぱい…………ダメ、数えらんない…
「よそ見しないで、リラックスだぞ。…恭介」
まどかは起床することにした。
やっぱり、恭介のせいだ。
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