「アハハハ。まどかさん、ナイスキャッチ!」
「あ〜ぁ、生き残ったのはこれ1つだけってワケ? 春日恭介君?」
「なは、なはははは…ご、ごめん」
「ドジな春日君はお預けね、ひかる、これ一緒に飲も」
そ、そりゃないよ、と台無しにしちゃったシェイクを片づける恭介を尻目に、鮎川まどかはストローをくわえ、オレンジシェイクを吸い上げた。
「あっ…痛っ。は、はい、ひかる」
まどかからシェイクを受け取りながら、ひかるにはわかっていた。ワザと頭が痛くなるまで飲んで戯けて見せている…まどかがとても機嫌のよい証拠。
まどかからひかるに渡されたオレンジ・シェイク。中サイズ。
手に持つと紙コップが内側にしなり、いっぱいに詰められた中身の感触が指先に伝わってくる。ひかるはストローをくわえて頭がキーンとするくらい吸い上げた。いたたた…そして、
「はい、こぼした罰です。先輩、これを一気飲みして下さい。でないと、逆さウォータースライダーの刑ですよ?」
まどかが笑いを堪えて涙目になっている。彼女にはひかるの作戦が以心伝心したようだ。どう見ても一気飲みできる量ではない。シェイクを奢ってまで敵前逃亡したウォータースライダーを逆さに滑らされる選択肢は最初から無い。春日恭介もその事はわかっているハズ。だが、彼は逃れられない罰を受ける前に鮎川まどかの顔色を、やっぱり、伺っていたりするのだった。
「はやく飲まないと、溶けちゃうでしょ?」
まどかの公認。 間接キス解禁!
「ぐふっ…痛ぅ〜〜〜〜〜〜」
執行完了!
恭介はしゃがみ込み、両手で頭を押さえ悶絶している。よせばいいのに、オーバーアクションでストローからシェイクをグイィと吸い上げたのだから当然と言えば当然。彼なりの謝罪の形。
「先輩、どーですか? 夏の醍醐味は?」
「何も言えないくらい、感動的だそうよ。ぷっ…バカねぇ」
…先輩。まどかさん。
「はい、次。まどかさんの番ですよ。まぁだ、残ってます」
ひかるの公認。 間接キス解禁!
鮎川まどかは照れながらシェイクを手に取ると、うつむき加減に少しだけ吸い上げた。
そして、オレンジシェイクはもう一度、ひかるの元へ戻ってきた。もう、あんまり残っていない。ひかるはほんの少しだけ口に含んだ。
「まどかさん、リバース!」
鮎川まどかはちょっと驚いた表情をした。
ほんの少しだけ吸い上げ春日恭介にシェイクを回した。
「はい…春日君の番だよ」
春日恭介は照れながらシェイクを受け取るとストローに一瞬だけ口を付けた。そして、今度は迷わずにひかるにシェイクを回した。彼は間接キスの回数を平等にしようとしたのかも知れない。
「はい。ひかるちゃん。あと、ひと口だよ」
確かに残りはあと、ひと口くらいしかなかった。ひかるは飲んだフリをして、シェイクを鮎川まどかの元へ戻した。
鮎川まどかは飲んだか飲まなかったかわからないくらい、飲んだ。もしかしたら、やっぱり、飲んだフリをしたのかも知れない。
「ひかる、リバース…あと、ひと口だよ」
オレンジシェイクはあと、ひと口で…無くなっちゃう。
これを飲んだら、この夢も…終わっちゃう、そんな気がした。
「飲めない!」
咄嗟に口をついて出た。
そして、まどかと恭介を見やった。こんなとき、2人はきっと困った顔をしているのに違いない。しかし、…微笑んでいた。2人の瞳は、…キラキラと優しかった。
これを飲んだらこの夢は終わる。
もしも、このまま最期のひと口を飲まなかったとしたら、永遠にこの瞬間が続き、夢は覚めないかも知れない。でも、この夢が終わったとしても、…あの3人が3人でいられた日々は無くなったりしない。
いつまでも切なくて、優しい。
どこまでも優しくて、切ない。
あたしの大切な…宝物。
ひかるは決心した。
そして、ストローから最後のひと口を吸い上げたのだ。
瞬間、炭酸の泡が沸き上がるような感覚に包まれ、ひかるは現実の朝へと浮上していった。
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