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Parallel Novel
「心の結晶、ひかるの夢クリスマス」
Chapter<1:張り紙注意!、追跡ラビリンス>

 長い冬の訪れを予感させる冷気。今まさに、雪の精が舞い降りんとするその日は、檜山ひかるのバースデーにほど近い平日。

 物陰から物陰へ、身を潜めながら前進する檜山ひかるの姿がある。およそ下校途中の女子高生にしては不審極まりない動向。しかし、彼女はそう、せざるを得なかった。

 遠目でも間違えようがない人。小樽の街でその女性を見かけた瞬間、ひかるの全身を柑橘系の稲妻が突き抜け、咄嗟に身を隠していた。そして、何かに背中を押されるようにその女性を尾行したのだった。

 今、考えれば、行く先に彼が…いたかも知れないのに。想い出す度に苦しくなる事を突きつけられ、見てはならないものを見てしまい、さらに傷が増えたかも知れないのに。

 ショッピング街のメインストリートに軒先を構える1軒のガラス細工屋。工房直営のアンテナショップで、観光客用のお土産をメインに取り揃えている。ひかるはマフラーを目元まで巻き上げ、さしずめ女子高生探偵団のノリ。ショップのガラス越しに店内を伺っていた。

 お土産ってことは観光で小樽に来ているのかな?…でも、ちょっと様子がヘンじゃない?…先輩の姿も見あたらないし…。

 女性はふらりと併設されているギャラリー・コーナーへと歩を進めていった。工房に籍を置く工芸家が作った作品を幾つか展示しているコーナー。そのうちの1つが彼女を吸い寄せたようだ。

 鮎川まどか。
 姉と慕い、血のつながった姉妹以上の絆を感じていた人。
 小樽に引っ越すことを当日まで打ち明けられなかった。
 自分から一方的に切った電話。彼女が呼ぶ自分の名前が今でも耳の記憶となって鳴りやまない。あの日から2年。 自分は手紙を出すことも電話をかけることもできずにいる、…でも。

 まどかは作品を鑑賞するというより、何処か遠くを見るような瞳で眺めている。そして、何を思ったのか、その作品に指を伸ばした。

 <怪我をします!。触らないで下さい>

 と張り紙があるのにも関わらず…。

 

 『ひかる。触っちゃダメって書いてあるよ』

 ひかるの脳裏に数年前、まどかと一緒に迷い込んだアジア民芸品店での1シーンが映し出された。バンブーを細工した異国の天使楽隊…思わず触ろうとして、まどかに制止されたカットである。

 でも、今、まどかの指先は何かを確かめるように作品を撫ぜている。…まどかの指の動きが、ひかるには困惑の時間に思えた。店員さんも、そこまで堂々とされると何も言えませんって感じで困った顔をしている。

 たぶん、怪我をしたのだと思う。鮎川まどかは右手の薬指をくちびるに当てながら、店員さんに会釈をしつつ、幾つかお土産用の手軽なガラス細工を買い込み店を出ていった。

…旅行には違いなさそうだけど…やっぱりヘン…。

 胸が騒いだ。
 まどかが張り紙の注意を侵してまで触ったガラス細工。
 ひかるはその作品の前に立った。手前のネームプレートに筆で細く書かれた題名が添えてある。

 『心の結晶』

 欠けたような角。細かいひび割れ。今にも指を切ってしまいそうな尖り。せつないようで、でも温もりすら感じる、何とも不思議な…前衛芸術っていうんだろうか?。

 鮎川まどかは、どんな想いでこのガラス細工を撫ぜていたのか、と思い巡らせた。が、すぐにまどかを追っていた自分に戻り、店を飛び出した。

 見失っちゃう!

 店の前のメインストリートは左右一目で見渡せる。
 まどかは…いない。こんな時…、
 まどかの興味を引きそうなお店。
 えーと、…

 !

 ひかるはショッピング・ストリートから分岐する路地の一筋に入り込んだ。

 『こーゆー路地に隠れたお店があったりするんだよねぇ』

 まどかの言葉。
 疎遠な関係になってしまう以前、ひかるとまどかは、頻繁に2人連れだってショッピングに出かけた。 次第にメイン・ストリートに軒を並べるメジャーなショップに飽きたらなくなった2人。路地裏探索をして小粋なマイナー・ショップを発見しては互いの嗅覚を讃え合った。2人はまるで、路地から路地をしなやかに渡り歩く2匹の猫のようだったと…。

 見知らぬ路地、頼りがいのある存在であり、ひかるに負けないくらい好奇心いっぱいの瞳をして歩いていた、鮎川まどか。

 だから、もしかしたら…ひかるは思ったのだ。

  この路地に実は、メジャーな観光案内雑誌に載り損ねちゃうような一軒のロシア民芸品店がある。そこは、ひかるのお気に入りの空間。棚や床、壁、所狭しと並んでいる異国の品々。いつか自分の知り合いに似たマトリョーシカが入荷しないかなぁ〜なんていう、取り留めのない期待から学校帰りに度々立ち寄るのだ。

 路地裏探索の際、まどかが必ずといっていいほど興味を示し、陳列品を夢見る瞳で眺めていた。それは、こ〜んな感じのお店…。

 ここのロシア民芸品店の扉は引き戸になっている。んでもって、引き戸の真ん中辺りに小さな丸いガラスが1枚。そこから店内が覗けるはずなのだ。ひかるはそろり…と、靴音を抑え、丸窓に近づいた。

 

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