翌日。渚のバーベキューは夏の太陽に恵まれた。参加者は春日家から恭介、まなみ、くるみ、じーさん、あかね、カズヤ、ジンゴロ。小松八田のコンビ。杉教授とひろみ。そして、鮎川まどか。水着姿の人間が11人とケモノ1匹のパーティー。
「八田くん!。肉ばっかり食べない!」
「だってさぁ、あかねちゃん。オレ毎日々コンビニ弁当なんだよぉ。薄給虐待されてるアシスタントの身分としては、食いだめできるときに食っておかないとぉ〜」
「毎日コンビニ弁当だったら生野菜も食べてないじゃない」
「うげぇ〜。生野菜ってコストパフォーマンス悪いんだよなぁ〜」
「カロリーばっか摂ってちゃダメ。生野菜をちゃんと摂らないと血液ドロドロになっちゃうんだからっ!。徹夜慣れして不健康と不摂生が美徳みたいに思っている漫画家もいるみたいだけど、カラダ壊して連載が止まっちゃったりしたら、毎週、『ゆるしてア・ゲ・ル』を読むために、なけなし握りしめて本屋さんへ駆けて行く少年達に失礼だわ!。わかってる?!」
「まだ採用されたわけじゃないんだしぃ。それに今時、なけなし握りしめて本屋に駆けてく少年はあんまりいないと思うけどなぁ」
「おだまり!。心がけがなってないわ!。こーゆー事はチャンスを掴む未来のために今から準備しておくモノなの。いい?。少年ジャンプの発売日だけを心の支えに1週間を生きゆける人間だっているのよ!」
「それも、あんまりいないと思」
「うだうだ言わずに食べる!。ホラ!」
「た、食べます食べます。もう生野菜でもなんでも食べます。食べればいーんでしょう」
「そうそう。それちゃんと食べたら肉を食べていいわ」
「………………………………………………」
「はやく食べなさいよ」
「このレタス…虫がついてたりして…ん?。こ、これは!。まさしく虫の足跡ではっ!?。はぁぁぁぁぁぁぁぁあああ(劇画)」
「食べるっ!!」
「ひぃ!」
春日あかねに生野菜をねじ込まれている八田一也が、後日、本当に売れっ子漫画家になってしまうのだから、男の未来とは、身近にいる女性の方が正確に予知できるのかもしれない。
まなみ: 「ねぇ。小松さんは教育実習にいったんでしょう?」
小松: 「あぁ〜行ったよ、行きましたとも!」
まなみ: 「くるみちゃん。ホラ、食べてばっかりいないで訊いておきなよ。くるみちゃんも3年になったら教育実習にいくんだから」
くるみ: 「ろーらっら?(どーだった?)」
小松: 「そりゃぁもう、ウキウキルンルンの毎日でしたよぉ〜。高等部の女の子がわんさわんさ、よりどりみどりってね」
まなみ: 「3年生って確か小学部じゃなかった?。中等部と高等部は4年生になってからでしょう?」
小松: 「ぅ…。いやぁ〜ほら。なんつーか、課外授業で高等部の方へさ、へ、へへへ」
まなみ: 「あ〜。何かヤラシー事したんですね?」
小松: 「してないよぉ〜。するワケありませんですよぉ〜」
まなみ: 「…したわね」
くるみ: 「うん。したって噂だよ。前代未聞のハレンチ実習生って教育学部じゅうで話題になってた。マジで除名されちゃうんじゃない?」
まなみ: 「……………………」
小松: 「ウソウソ。デマですだよぉ〜。小松さんは小娘なんかにキョーミないなーいの心あるよー?」
まなみ: 「スケベ!」
小松整司が教師になることは、教員試験が許したとして、いかな神も許さないだろう。彼の生き様はむしろ、春日くるみが教師になった際、彼女が生徒へ道徳を説くための『悪しき前例』として、教育へ還元されるべきである。
「おじさま。お髭にマヨがついてますよ」
「ん?。どこだ?」
「もう少し右下」
「ここか」
「まだ残ってますね。ちょっと動かないで…」
パラソルがつくった円い日影の中で、杉教授と杉ひろみの2人が紙皿に盛られたバーベキューをつつきながら談笑している。教授はビールがすすみ顔を紅潮させ、ひろみは人物観察などそっちのけで、教授の相手をしつつ、上機嫌な様子。
「はい。とれた」
「……………………」
「どうしました?。姪の顔をしげしげと見つめちゃったりして」
「どこかで…そう…ずっと以前に同じような」
「そ・れ・は」
「デ・ジャ・ヴか?」
「どうでしょう?。もしかしたらホントに経験していた事かも知れませんね」
「んー。思いだせん!」
「おじさま。若い頃から異性に興味なかったなんてウソよね?。ホントはロマンスの1つか2つ、いえ、命かけちゃうくらい好きだった女性がいたんでしょう?」
「残念ながら、ロマンスにはとんと縁がなかったよ。異性に興味がなかったというのはウソだが、我が青春は研究に明け暮れる日々とともに去りぬ、だ。わははは」
「あ。後ろ髪、三つ編みがほどけそうですね。いま編み編みしてあげます」
「おぉ、すまんな」
「いつ頃から伸ばし始めたのか、思い出しました?」
「それがなぁ…何度、記憶を辿ろうが、伸ばし始めた動機すら思い出せないんだから不思議だよ」
「あ〜ら。もしかして進行してるのかしら、アルツ…」
「コラ、ひろみ!」
「あは。怒ったおじさまもス・テ・キ♪」
2人の様子を、やや離れたパラソルの下で立て膝を組んだ鮎川まどかが、眩しそうな瞳で見つめている。彼女の隣では春日恭介が缶ビールのタブを開けたところ。彼は昨晩の事が気になって、今日はずっと鮎川まどかを観察していた。彼の手に握られた缶ビールがまどかの頬へ忍び寄る───。
「…っ!」
鮎川まどかは頬に迫る冷気を感じ、すんでのところで恭介の手から缶ビールをひったくった。恭介の悪戯は失敗したのだ。
「わぉ。さすが♪」
褒めちぎる恭介の横で彼女は喉を数回鳴らすと、缶ビールを彼へとさし戻し、こう、つぶやいた。
「ねぇ、恭介。あの2人さ…」
「ん?」
「親子みたいだね」
「……………お父さんに逢いたくなった?」
「アタシ、やっぱりファザコンなのかな…」
「………………」
春日恭介の両腕がすっと伸びた。彼の右腕は鮎川まどかの膝下へ、左腕は腰から背中へまわっている。
「えぇ?。ちょ、ちょっと、何するつもり?。あ!」
恭介はまどかを抱きかかえて立ち上がった。そして、彼女を抱えたまま波打ち際へと走りだす。彼の両足は砂を蹴り上げ、やがて、波打ちぎわに浸入し海水を跳ね上げた。彼は息を弾ませながら彼女にこんな宣言をする。
「じゃあさ、今日は、オレがまどかの、お父さんがわり!」
「え? え?」
まどかの視界は水平に180度回転した。春日恭介が遠心力をつけたのだ。
「それっ!」
次の瞬間、鮎川まどかの5体は宙に浮いていた。春日恭介の腕の束縛から解き放たれ、かわりに太陽が彼女の肢体、柔らかなボリュームを抱きかかえていた───。夏はコンマ3桁の秒針でカウントダウンをしながら、彼女を水面へと引き寄せてゆく。SPLASH!。
「娘を投げ捨てる父親がどこにいるのよ!」
「ここにいます!。さぁ、まどか。今日は寂しい思いをさせないよ。思う存分おとーさんにぶつかってきなさい!」
「後悔させてやるから…」
皆の視線は渚の2人に集まっていた。春日恭介が鮎川まどかを海へ放り込んだ───その現象だけで、皆の興味を惹き付けるのに十分なイベントだったのだ。理由はなんでもいい。
小松:「なんだぁ?。夫婦喧嘩か?」
あかね:「違うわよ」
春日爺:「えーのー若いモンは。ぼでーとーくってか?。かっはっはっは」
くるみ:「さーさーはったはった!。まどかさんとお兄ちゃんのどっちが勝つか!。一口1000円でどうだ!?」
八田:「春日が鮎川のバックドロップで轟沈するのに1000円!」
まなみ:「賭けにならないと思うけど…」
ジンゴロ:「うにょー!(いてまえー)」
カズヤ:「まどかさーん!。悪のスケベマンをやっつけちゃってー!」
ひろみ:「恭介くーん!。オトコらしくさっさとやられなさーい!」
杉教授:「負けた方は富士の樹海でレッツ悪霊調査だぞ!」
渚で向き合う2人は皆の声援を聞き留めていた。どうやら皆は勝手にシチュエーションを判断して盛り上がっている様子。
「なんだなんだ?。みんなオレ達が喧嘩してるって勘違いしてるのか?」
「くるみちゃーん!。アタシに3000円ねー!」
「お、おいおい。マジ?」
「ガード固めなくっていいの?。余裕じゃん?」
腰を沈めて鮎川まどかはファイティングポーズを取っていた。刹那、彼女の身体が恭介の懐に飛び込んだ。
「え?。な?」
「うりゃぁ!」
天地が逆転してゆくコマ送りの中で、春日恭介は鮎川まどかの、くったくのない笑顔を見た。そのワンショットを心に刻み、幸せなまま、受け身もとらずに、彼は海中へと堕ちていったのだ。
fin !
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【おまけ】
あかね: 「ヒロちゃん。恭介とはどんな関係だったの?」
ひろみ: 「いうなれば、ラブラブ未満友達以上ね」
恭介: 「ヒロ。あかねにヘンな事ふきこむなよ?」
ひろみ: 「甘く切ない青春の想い出よ。ヘンな事じゃないわ」
あかね: 「恭介、アンタはちゃちゃ入れないで」
ひろみ: 「あ。そうそう…恭介クンのお写真があるの。コレよ」
あかね: 「………………ぷっ」
恭介: 「ち、ちょっと、見せろよ…」
あかね: 「あは、あ、あ、あはははは」
恭介: 「見せろってば。あかね」
あかね: 「あはは、や、ヤダ、ふふ、あはは、あ!」
ひらひらひら。パシッ。
ひろみ: 「アユ。ナイスキャッチ」
恭介: 「!」
まどか: 「………………(まじまじ)」
あかね: 「あはははははは」
ひろみ: 「両手にバケツで廊下に立ってる、古風な反省のカタチを象徴するようなスタイルよね。坊主刈り直後の頭部が青々として、フレッシュな果実を彷彿とさせるわ。あとよく見ると、左頭頂部に一円玉ほどの無頭髪部分があって、それがたまらなくラブリーなの」
恭介: 「な、なんだってぇ?」
まどか: 「ひ…ヒロ。はい…返すわ…」
ひろみ: 「怒った?」
まどか: 「ううん。怒ってなん…か、い、い、ふふ、ふふふ、あ、あは」
恭介: 「笑うなよ…」
まどか: 「だ、だって、ご、ごめ、ん、カワイイじゃん!。ね。ふふ、あははは」
あかね: 「もうだめ、いたい、おなか、いた、あは、ははは」
恭介: 「教授。このヒト達になにか言ってやってくれませんか?」
杉教授: 「運命だと思ってあきらめなさい。それもオトコだ」
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