階段を降りるときは足元に気をつけなければ。
うっかり踏み外したりすると大怪我をする。
考えごとは階段を降りてからするべきだったし、はき慣れたヒールほど一段一段を確かめるべきだった。
その瞬間は多感な時期のあの日の朝のように、あくまでも不意に、彼女を襲ったのだ。彼女の身体をしっかと抱き留めた腕の主の声が聞こえる。
「だ、だいじょうぶかい?」
彼女の意識は、痛みと清涼が混ぜこぜになった無数の微粒な泡につつまれていた。その泡を沸き立たせたのは想い出の深み。
いま、自分の安否を確かめる青年は、色褪せることのない瞬間に生きる少年の姿と重なった。
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