7月の駅舎。時刻は12時を数分過ぎたところ。彼女はホームを散歩するような足取りで歩いている。肩胛骨の下まで艶やかに伸び、ケアの行き届いた髪が、うだるような盛夏の湿った空気の中にあって、サラサラと風をはらむ。彼女の左手には彼の学生証。
『ええ…ありがと』
感謝の言葉。幾重にしても足りない想いを抑えるように、彼女は1回だけ口にした。
『よかった。じゃ!』
青年はひらりと身を翻し階段を改札へ向かって1段飛びに駆け昇っていった。彼女は一瞬、右手の五指を彼の背中へ向かって開き、阿音を漏らした。彼は気づかなかった。そして彼女の視界から消えていったのだ。
今、彼女が視線を送っているひさしの無いホームの突端では、かげろうが揺らいでいる。たとえば彼女は、その揺らぎに瞳を細めながら、こんな独り言を零していた、のかも知れない。
「また落としちゃって。キミのおっちょこちょいは、相変わらずだね…」
Continued on side B
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