まどかと少女は、まどかのベッドに腰掛けている。
「どうしたの?」
まどかは穏やかで柔らかい海のような瞳をして、少女を抱き寄せた。少女はまどかの胸に顔を埋め、しばらくすると平穏を取り戻したのか、涙の理由を告白し始め…。
要約すると、
少女のパパとママはとても愛し合っている。その事は娘である少女にもよくわかる。ただ、パパとママの姓は別姓で、家も別々だ。お互いを最大限に尊重しあうというスタイルだ、とかいう理由で結婚以来ずっとそのまま。少女は数年前、ママの家があるこの街にパパと引っ越してきた。それまではパパと一緒に国内といわず国外も転々としていたから、やっと落ち着けたって感じでパパもママも喜んだ。
…引っ越しで転々かぁ…懐かしいな。
ママのパパとママ、つまり、母方のおじいさんとおばあさんは世界的な音楽家でアメリカに住んでる。パパのパパ、つまり、父方のおじいさんはカメラマン。
…ん?。どこかで聞いたような家庭環境…だな。
ママの家があるこの街に引っ越してきたんだから、少女がママと逢える回数は増えるわけだし、とーぜん、家族で過ごす時間も増えるハズだった。なのに…パパはカメラマンの仕事、ママは作曲家の仕事が多忙になっちゃって、2人そろって海外へ出かけ、何週間も帰ってこないことが多い。娘を信用してくれてるってのは嬉しいけど…。そんな中、明日は彼女の誕生日。前日の今日、パパとママは同時に帰国してきており、久しぶりに親子3人水入らずの日になるハズだった。話したい事もたくさんあった。のに…
僕は…少女の話から彼女のおかれている環境がやはり、複雑であるのを知った。
1人で過ごす寂しさから覚えた煙草の始末をうっかり忘れてて、パパに見つかり、パパと大喧嘩。パパをひっぱたいてマンションを飛び出し、ママの家に行って事の顛末をうち明けるとママってば、自分は美味しそうに煙草を吸いながら、パパと全く同じセリフを言ったかと思うと可笑しそうに吹き出して…。それでもう、カーッときて、結局、ママの家も飛び出して来ちゃった。…本当は今頃、ママから浴衣の帯のしめ方を教えてもらう約束だったのに。
ああ、様子が目に浮かぶな…と同時に、少女の告白は、誰でも構わないから聞いて欲しい、なんていうものでは無く。つまり、僕とまどかに向けられているようで、そんな彼女の正体に僕は、『もしや?』と。それに彼女のパパとママが言った同じセリフというのもなんとなく、想像できたワケで。
「わたし、姓が2つあるの。1つは、かす…」
「ヒカリちゃん、わかってるわ」
まどかは少女の決心を制止するように、しかし、限りなく優しげに少女のくちびるへ、右手の人差し指をそっと添えた。
…まどかはとっくに、少女が何者なのか、確信していたんだ。
少女は決心を飲み込んだ。そして、
「わたしの名前、パパとママの大事な人にちなんで付けられたの」
たぶん、その人は檜山ひかるっていう…
「男でも女でも子供が産まれたら、この名前を付けようって決めてたんだって」
まどかは少女の体から張りつめたものが薄らいでゆくのを感じていた。
「ヒカリ…素敵な名前ね。わたしも子供にはその名前を付けるわ」
少女はまどかに向かって顔を上げ、精一杯の明るさで
「男の子、女の子どちらが生まれても対応できるし…ね」
まどかは少女のまだ、乾ききっていない涙の跡を指で拭いながら、
「ううん。何があっても絶対に女の子を産むわ。あなたのような。そして、ヒカ…」
そう言って、言葉に詰まった。
2人は堅くお互いを抱き寄せ…
僕は、これ以上覗くことが出来なく…。
明日の夏祭りに向けた予行練習なのか、遠鳴りする太鼓の音が風に乗って聞こえている。雨はいつの間にか止んで、窓辺にやわらかな午後の陽差しが戻っていた。
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