僕はアバカブに辿り着く直前、遊歩道で高陵学園のセーラー服を着た女子高生の一団とすれ違った。
彼女たちの短く切り上げたスカートと『どうよ!』と言わんばかりの生脚に、僕は、いつも、視線のやり場に困るのであり。わざとそっぽを向いて素知らぬ顔を決め込んじゃったりするんだけど。
「なにあれぇー。スケバンとかいうヤツだったりしてぇー」
す・け・ば・ん!?
僕は彼女たちの会話を聞き止め、スケバンって単語を久しぶりに聞いたなぁ、と。で、ちょっとシビレてしまい、やっぱりというか、僕の脳裏には『ピックのまどか』が颯爽と蘇ってきたワケで。
最近では開くことの少なくなった想い出のアルバムを検索している、そんな感覚が冷めやらぬまま、僕はアバカブの扉に手をかけた。
「こんちはー」
アバカブの店内を覗くと、まだランチタイム目当てのお客さんが殺到していない時間ということもあり、マスターには悪いんだけど、落ち着けそうな雰囲気。
でもって、カウンターのいつも席には、ほ〜ら、
『ピックのまどか』がぁ、
並んでぇ………………
……………ふ・た・りぃ?!
「な、そっくりだろぉ?」
カウンター越しからマスターの声。
それで、僕は我に返った。
まどかがふ・た・りぃ?!と思ったのは僕の早とちりで、1人は僕の彼女であり、
「さぁ〜どっちが金魚のまどかさんかなぁ〜?」
などと笑ってくれちゃってたりするのですぐわかる。
で、もう1人はというと、高校生くらいの少女で。
今風の超短いスカートにルーズソックスといういでたち、ではなく、古式ゆかしいというか、懐かしすぎるというか、いわゆるスケバン風というか、高陵学園のセーラー服を着ており。
その上、長く艶々した黒髪、吸い込まれてしまいそうな瞳、天使のように微笑んだ少女の顔が…僕と出会った頃の鮎川まどか…だったものだから。
「この娘がまどか君と店に入ってきたときはびっくりしたよ。訊けば、まどか君の親戚でもないらしいし、まさか、他人でここまで似るとはね」
僕は少女の存在をほとんど、というか全くと言っていいほど、受け止められていない状態で。いかにも『ボク、混乱してますぅ』って感じの笑いで、その場の雰囲気に自分をつなぎ止めておくことしか出来ず、椅子へ座ることも忘れていた。
「はは、ははは…」
まどかが少女との間に空席を1つ作ってくれた。僕に「そこへ座れ」という意味。席を移ったまどかが今まで座っていた席。まどかが僕に用意してくれた椅子、つまり、少女とまどかに挟まれる格好で僕は、その席に収まった。
「はじめましてっ。わたし、ヒカリっていいます。さっき、まどかさんから訊いたんですけど、恭介さんも高陵学園出身なんですねっ」
僕は座ったばかりの椅子から転げ落ちそうになった。
だって、少女の声までが、まどかに………
そっくりだったから。
ただ、僕と出会った頃のまどかが初対面の相手に対し使った声…内に隠ったような響きではなく、明るいというか、真っ直ぐというか、気を許しているというか、社交的というか、たとえるなら…檜山…ひかるちゃんが、鮎川まどか声で喋っているような…僕が呆気にとられていると、まどかが繋いだ。
「ほ〜ら、驚いたでしょ?」
「ぷふっ」
少女はまどかの言葉を受け、今にも弾けそうな笑顔で笑いこぼした。
左右で、つまりステレオのように、『鮎川まどか声』が僕の聴神経をくすぐっているのであり、その感覚が体を巡り、僕は一瞬、心地よい麻痺状態に陥ってしまった。いかんいかん。
で、少女とまどかがアバカブに一緒に来た、っていうマスターの言葉を思いだし、2人の馴れ初めっていうか、どこでどうやって出逢ったのか訊かなくてはと。
「ねぇ、ケータイ、鳴ってる。 恭介のじゃない?」
僕は自分の足下に置いてるリュックを自分の膝へ持ち上げようとした。と、同時に、少女が彼女の学生カバンに手を突っ込んだ。
「わたし、でした〜」
着信メロディーはなんだったのか、わからないくらい、素早く。
少女は少しホッとしたような表情をしつつ、ケータイを当てようと、耳にかかった髪を細い指で梳きあげた。その仕草は、その、僕をかなりドキッさせ、何というか、艶っぽかったのであり。まどかの目の前で不謹慎(怖いし)な感情、つまり男としてのなんつーか。はは。
少女はケータイを耳に当てると、潮が引くように声を鎮めた。そのトーンが…あの頃のまどかの…響きに似ていて、秘めた想いを囁くような、とても大人っぽい感じで。
「…カズちゃん。うん、成功」
少女の電話は続いた。
「やっぱり、探してるんだ」
………この娘、家出少女か?
「今は、そっちへ戻れないから」
………もしかして、家に帰るお金がないのだろうか?
さらにさらに……
「春日君、セットのドリンクはコーヒーでいいかな?。ん?」
「あ、えぇ?、あ…はい」
「若くて、ピチピチだね。ねぇ〜恭介?」
「お、おいおい…」
僕の意識がさっきから少女に向いていることは、マスターにもまどかにも見透かされていて、少女の目の前でその事を明らかにされ、気まずかった。気まずかったけれど僕の想像力はすっかり逞しくなっており、通話の相手はこの娘の彼氏なのだろうか?などと…、
「…あそこに迎えに来て。うん。じゃね」
と通話を終えると、少女は他人に見られてはイケナイものを隠すようにケータイをカバンへしまった。カバン…お下がりだろうか?、年季が入ったような、それでいてよく手入れされた学生カバン。僕の視線がカバンにあることを感じ取った少女は、
「あ、これですか?。これ、ママのお古なんですよ」
「い、今時の娘が、親のお古を使ってるなんて珍しいね。キミのお母さんも高陵学園だったの?」
「そーなんです。スケバンだったんですよ。しかもぉ、一匹狼!!」
は?。それは…どこかのだれかと…
僕はまどかの方へ180度、振り向こうとしたけど、90度付近で頬にまどかの手がつっかえ、それ以上首を回せなかった。まどかは僕の顔の向きをぐぃっと少女の方へ押し戻しながら、
「へぇ〜。あなたも“そう”なの?」
「わ、私は違います。でも、こんな格好してると、そう思われても仕方ないですね…あはっ」
少女は戯けて隠したつもりだったんだろうけど。瞳が…それまでとは別の生き物のように、どこか遠くを見るような、自分自身に孤独を納得させているような、輝きに揺れちゃっており。
僕は急激に胸を締め付けられ、衝動的に少女のことを抱きしめてしまいそうな感覚に…
「だいじょうぶよ」
まどかの言葉。何の根拠もない「だいじょうぶ」という言葉だけど、まどかの口から発せられた優しさに溢れたトーンが、僕を苦痛と混乱から一瞬にして救った。
まどかは気を許した相手であっても、励ましの言葉などほとんど使わない。使うとしても相手とよほどコンセンサスが取れ、言葉以上に想いが通じるケースに限るのだ。なのに、あって間もない少女に向かって…
「あらわれるわ。きっと」
「そーですよね。きっと見つけられる気がします」
2人の会話から主語が抜け落ちている。何故?。お互いを古くから良く知っているかのように2人はそのまま、僕を挟んで微笑みあった。
僕はますます、2人の馴れ初めを訊かねばと…
「はい、おまちどう」
ランチタイムのピークをハズして、マスターに日替わりランチの予約コールを入れておいたのであり。僕の好物である半熟加減のオムレツが、「さあ、今すぐ食べて」と言わんばかりに、唾液腺を刺激してくれちゃっている。でも、この胸のつかえを何とかしないと、ケチャップの味すらよくわからない気分…
「あちちち」
「何、慌ててんのよ?、あ〜、恭介。さては緊張してるな?」
その通り。そうさせたのはまどか。キミじゃないか。と少女の前では言えるはずもなく…
「恭介。 席、代わろ。 ヒカリちゃん、いい?」
「もちろんですっ」
と、僕はのけ者、じゃなかった、まどかと席替えをする事に。で、まどかと少女はいわゆる女同士の、シャンプーの種類とか、好きな服装なんて話で盛り上がっちゃっており、やはり僕は…。
「つらいねぇ。春日君?。ハハハハ」
「そ、そのようですね。ははは…」
などと、マスターにちゃかされているワケで。
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