街路樹の木漏れ陽が濃淡ゆらめく中、まどかはアバカブに向かっていた。連日連夜の作曲活動からくる疲労を考え、車ではなく徒歩にしたのは、彼女の危機管理というか、体調に敏感というか、彼女らしい選択。
「夏の…蜃気楼…か」
疲労のせいでぼんやり見えたのかも知れない。
彼女は木漏れ陽の一筋に目を細めながら、学生時代のUFO目撃騒動を連想して呟き、朝から何度も、初夏の想い出のページを開いたり閉じたりして、少しセンチメンタルになっている自分を、やはり疲れているんだなと診断していた。と…
「いやぁぁー!」
悲鳴は瞬時にまどかを現実へと連れ戻した。
彼女は悲鳴が聞こえた方向、道路を挟んで反対側の遊歩道に、高陵学園のセーラー服を着た一団を目に留めた。
一団は1人の泣き顔の少女をとり囲んでおり、遠目に見ても険悪そうな雰囲気で、小突いているようにも見える。
多勢に無勢。そんな言葉が当てはまってしまう状態。
理由など知る由もないが、まどかの眉間を険しくさせる理由はその状態だけで十分。
『ピックのまどか』と呼ばれ、徒党を組まず1人はぐれ、向かい風を切っていた。その頃からずっと、彼女はこんなシーンを見過ごせないでいる。
みるみる彼女の瞳には、ついさっきまでセンチメンタルな感情に浸っていた同じ瞳とは思えない、射られたら火傷してしまいそうな、熱っぽく、厳しい光が宿り始めた。
こうなると、恭介でさえ、彼女が次に発動するであろう行動を制止するのは至難の業。 まどかは一団めがけ道路を横断すべく、ガードレールの高みを飛び越えようと、支柱に手をかけた。
「やめな!!」
凛とした声。
辺りの空気は一瞬にして声の主へ向かって流れ、
…………………………………………止まった。
まどかが見やった先。道路を挟んで反対側の遊歩道。
どこから現れたのか、新たに高陵学園のセーラー服を着た少女が1人。
その少女の…まどかの瞳をそのまま転写したような、熱っぽい、心臓を射抜いてしまいそうな瞳が、時間を留め置いているのに違いなかった。
キッと一団を睨み据えた少女は全身から、毛先ほどでも何かが動いたなら、爆発してしまいそうな緊迫感を放出している。
…と、
付近の赤信号で停車したバスやらトラックやらが、まどかの視界を遮ってしまった。
彼女は咄嗟に赤信号、つまり、青になっている横断歩道をめがけて走った。結構、交通量の多いこの道路、直線的ではないが、横断するには最もな近道。
まどかの胸は嬉々と踊っていた。が、ひどく騒いでもいた。
忽然と現れた1人の少女。少女のエナジーは時に向こう見ずな行動をしてしまう彼女自身を肯定してくれる存在のようであり、反面、自分の行動を見続けてきた春日恭介の気持ちにも触れたような。
「あの娘…やるじゃん」
が、所詮、多勢に無勢。急がねば。
まどかが走り着いた現場。
少女がぽつねんとひとり。
一団も獲物になっていた少女もそこにはおらず、おそらく、あの凛とした一喝と心臓まで射抜いてしまいそうな瞳で、事態を収拾したに違いない少女だけが。
「あ〜ぁ、やっちゃった。どーして、あたしってこーなんだろ」
ため息混じりの自省に暮れていた。
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