鮎川まどかは春日恭介の視線の先に手をかざしていた。
とにかく一緒に来て下さい!とせっつく、春日まなみに連れられて、鮎川邸から春日家のマンションへテレポートしてきたのだけれど。
「完璧に…イッちゃってるわね」
「まどかさん、ごめんなさい。お兄ちゃん、くるみと喧嘩しちゃって…」
恭介は彼のベッドに腰掛け、うつろな表情。彼の顔には油性マジックで『エッチ、変態、優柔不断、』等々の落書き&洗濯ばさみ…。お仕置き風にまとめられたデコレーションからして、喧嘩の敗者は彼に相違ない。
30分前…
「おっ?。くるみぃ〜、泥ダンゴなんか作っちゃって。さては、フラレた男を仕返しに毒殺するつもりじゃあるまいな〜」
「むかぁ〜っ。お兄ちゃんこそ、他人にちょっかいなんか出してて、いーワケ?」
「見りゃわかるだろ?。必ず本命チョコを貰える男の余裕ぅ〜ってヤツさ」
「ほー?。まどかさんが『きまぐれ』しちゃって、今年は『あ〜げない』って事になったって知らないんだから!」
「そんな事あるワケ無いだろ。今頃、まどかはチョコを練り練りしちゃってるハズなんだ。オマエの粘土工作もどきと違って、まどかのは愛のこもったアートなのよ。わかるぅ?」
「ぅ…っさいわね!。絶対に無いって言える?!」
「ああー言えるよ。ぜっ・た・い・に無い!」
「調ぉ〜子、コいてんじゃないわよ?!。チョコ大魔王に魂抜かれちゃうんだから!」
「なんだ?。その、チョコ大魔王ってのは!?。わはははは」
「こーゆー事!(ぎゅい〜ん)」
…現在に戻る。
「で、またしても催眠術にかけられた、ってワケか…どーしてキミは、いつもそーなの…こらッ、春日恭介!!」
「…はい。チョコ…ください…チョコ…」
恭介はまどかの叱咤に反応した。反応はしたが、眼差しは節分から10日以上経ったイワシ。腐っちょる。焦点も定まっていない。こりゃ、だめだ。
「あぁ〜ん、だってぇ、お兄ぃ〜ちゃんがイケないんだよぉ。くすんくすん」
「くるみっ!。お兄ちゃんにだって人間の尊厳とゆーものがあるのよ?!。あ〜ぁ、こんなにしちゃって…まどかさんに謝りなさいっ!」
「いいのいいの、恭介はアタシの所有物じゃ無いんだし。それに、なかなかの色男っぷりじゃない?。年頃の女の子のキモチを踏みにじった罰よ。懲りるまでこのまま放っておきましょ」
「そう!。ほっとけないんですっ!。あー、いけない。アタシったら時間が無いんだったぁー!」
「お、落ち着いて、まなみちゃん」
今日2月14日。
バレンタイン・デー。
鮎川まどか20歳。
やっぱり?、な事態に巻き込まれているのだった。
|